作成:2025/3/10

雄島~名勝松島の隠れた穴場を歩く~(24年7月訪問)  NEW!

<カテゴリ:自然、文化・遺産>


雄島
雄島

 宮城県の松島は日本三景の1つであり、いうまでもなく日本を代表する観光地です。何時も多くの観光客で賑わっており、最近では海外からの観光客も急増しています。ところがその松島の駅から徒歩5分程度のところに隠れた名所があることをご存知でしょうか。その名も「雄島(おしま)」というところです。島と言う名前はついていますが、陸続きになっており、比較的簡単にアプローチすることができます。また最寄りの松島海岸駅から徒歩5分程度という近場の割には訪れる人も少なく静かな旅を味わうことができます。今回は是非、日本を代表する観光地松島の隠れた名所「雄島」をご紹介させて頂きたいと思います。

島中いたるところにある石碑
島中いたるところにある石碑

 まず雄島について簡単にご紹介させて頂きます。松島は現在こそその美しい島々の景観から日本を代表する観光地ですが、中世の松島はなんと「奥州の高野」と呼ばれていた死者供養の霊場でした。風光明媚な観光地である松島が、実はかつての霊場であることを知らしめることになったきっかけは、2006年に雄島周辺の海底に3000点近くの大量の石碑が沈んでいることが発見されたことのようです。これは明治時代末期に雄島の観光事業が行われた際、石碑を海にすててしまったことによるもののようです

妙覚庵跡
妙覚庵跡

 雄島には死者供養のための石碑以外にも、死者の浄土往生を願って立てられた墓碑、現在は50程度しか残っていませんがかつては108あったとされる岩窟、その他多くの無名の修行僧が悟りを求めて厳しい修行を積み、死者の成仏を願った痕跡が多く残されています。名だたる観光地である松島のごく近くにこのような霊地があるとは驚きとしかいいようがありません。

 また古来より歌枕としても知られており、松尾芭蕉も「おくのほそ道」で訪れています。このように古来よりの霊場としても知られ、松尾芭蕉も訪れたという雄島に出向きました。

松島海岸駅
松島海岸駅

  旅の起点は仙石線の「松島海岸駅」になります。余談になりますが、この近辺には「松島」と名のつくJRの駅が2つあります。東北本線の「松島駅」と仙石線の「松島海岸駅」です。一見、松島駅の方が本家本元の松島に近い響きがありますが、景勝地松島の最寄の駅は松島海岸駅になります。実は私も最初に松島を訪れた時に、そのことを知らずに間違って松島駅で降りてしまいました。私と同様に何人かの外国観光客の方も松島駅におりてしまったようで、若干、駅員と言い合いをしていました。ただ間違って松島駅に降りてしまっても松島海岸駅までは徒歩12分程度です。

 さて松島海岸駅を降りると大方の観光客は名所が集まっている左手に向いますが、雄島は右手になります。多くの観光客が向かう方向とは逆方向に歩いていくことに若干の快感を感じます(笑)

渡月橋
渡月橋

 さて歩くこと5分程度で朱塗りの渡月橋があり、それを渡ると雄島です。ちなみにこの渡月橋は2011年の東日本大震災により流出してしまいましたが、幸いその2年後には無事復旧されました。

 渡月橋を渡るといよいよ雄島に上陸することになりますが、ここでは是非、訪れて頂きたい場所をご紹介したいと思います。

 なおご参考までですが、休日となるとこの渡月橋にはボランティアの方が何人か待機されています。私も最初は自力で島を一周したのですが、何点か確認したいことができ、ボランティアの方にお尋ねしたところ、ご丁寧に解説頂くと同時にその地まで案内頂きました。これだったら最初からボランティアの方に案内してもらった方がよかったかなと思った次第です。是非ご参考にして頂ければ幸いです。


見仏上人

見仏上人の伝説と修行の場

 

 見渡月橋をわたり短いトンネルを通ると三方を岩窟に囲まれた小さな場所があります。写真をご覧の通り、昼間でも薄暗いところです。ここは高僧見仏上人が1104年に雄島に入ったあと、一歩も島を出ずに12年間ひたすらお経を唱え続けたところと言われています。その結果、浮上や瞬間移動などといったの霊力を得ることができたと言われています(若干、眉唾ですが・・)。その後、弟子たちが雄島に墓石をたてたと言われています。

 

頼賢の碑
頼賢の碑

頼賢の碑

  見仏上人の再来と仰がれた妙覚庵主頼賢は1285年頃より雄島に入り、見仏上人と同じく島を出ることなく22年間修行を積んだと言われています。その徳を偲んで弟子30余人により建立されたのが頼賢の碑です。雄島の南端に位置しており、六角形の覆堂に納められています。実は最初に訪れた時は、どこに碑があるのかわかりませんでしたが、覆堂の中にあります。高さ3mの碑には雷文と唐草文が施されています。少し私には理解できませんでしたが、松島の昔の様子も刻み込まれているようです。

 ちなみに国の重要文化財に指定されています。

松吟庵跡
松吟庵跡

松吟庵跡

  この松吟庵跡は、日本三景色松島のサイトに以下のように紹介されています。

松吟庵は瑞巌寺大103世通玄法達のために、その兄が頼賢の住んでいた妙覚庵の跡に建てたもので、洞水和尚の詩にちなんで名づけられたと伝えられています。ここを訪れた芭蕉は「雲居禅師の別室の跡、座禅石などあり。はた、松の木陰に世をいとふ人もまれまれ見え侍りて、落穂松笠など打ちけぶりたる草の庵、閑にすみなし」と書いています。

 

この松吟庵跡には大正時代まで建物が残っていたようです。失火により焼失、その後、再建されましたが、昭和に入り再度失火により焼失となったようです。碑だけが建てられており、少し寂しさを感じる風景でした。

 

 これ以外にも島のいたるところ、石碑や墓石などがたくさんあります。是非、皆さんも観光地松島に来られる機会あれば、少しだけ足をのばして隠れた名所雄島を訪れてみませんか。島を一周するのにゆっくり歩いても1時間もあれば十分です。

 

浄土ヶ浜

芭蕉と河合の句碑

念珠松庭園

薬師堂跡

 




<関連情報>

①是非、立ち寄りたい周辺のお勧めスポット(もちろん鉄道とバスと徒歩で)