作成:2021/8/4
変わりゆく別れの風景【1990/3/24 陸前高田駅にて】
毎年3月になると思い出すシーンがあります。1990年の春、私は南三陸海岸を旅していました。広田半島から大船渡、陸前高田、盛、気仙沼に至る旅です。四季折々に素晴らしい表情を見せてくれる東北地方の景色の中でも、出会いと別れが交差する3月が最もお気に入りの季節です。
陸前高田駅でそのシーンに遭遇しました。恐らく就職(もしくは進学)のために上京する女生徒を、先生、ご家族、友人が見送るシーンです。みなさん涙をうかべながら、その女生徒を見送っていました。これだけであれば、よくある別れのシーンのため、記憶には残らなかったと思います。その時は、駅の構内に、なんと当時流行っていた旅立ちソング(参考情報ご参照)が流れていて、この別れのシーンを演出しているではありませんか。この粋?な演出がその時の風景とぴったり合っていたため、私も思わずもらい泣きしそうになりました。そういえば先に通った大船渡の駅でも、別の旅立ちソング(参考情報ご参照)が流れていました。
旧国鉄がJRに民営化されたのは1987年です。新生JRのサービスなのでしょうか、もしくはこの旅立ちの季節限定のサービスなのでしょうか、はたまたこの路線(大船渡線)に限ったサービスだったのでしょうか、今となってはわかりません。ただ少なくとも旧国鉄の時代にはありえなかったサービスです。JRもなかなか粋なことをするものです。その後、同様のサービスを見かけないことを考えれば、新生JR発足を記念した期限限定、もしくはこの地域限定のサービスだったようです。
あの女生徒はその後、幸せに暮らしているでしょうか。18才で上京したとなると、今(2021年)は50才近くになっているはずです。結婚をして子供が生まれていたら、丁度、そのお子さんが卒業する頃です。今度はその旅立ちを見送る側に立っているのでしょうか。
ただ残念ながら、東日本大震災の影響でこの地域一帯は壊滅的な被害を被りました。大船渡線はBRT(*)と呼ばれるバスに代わって運転されているため、少なくともこの地域では、私が見たような鉄道での別れのシーンはなくなってしまいました。右上の写真をご覧頂きたいと思いますが、たとえ利用者数が少なくても、JRの大船渡駅は見送りの車やタクシーが集まる街の玄関口でした。
一方、右の写真をご覧ください。2024年の夏に初めてBRTに乗りましたが(別ページご参照)、やはりあくまでもバス停であるという思いでした。
鉄道路線がなくなることには寂しい思いがありますが、一方、都会に住んでいる者の単なるエゴであることも理解しています。それでもイルカの「なごり雪」に代表されるように、別れのシーンは鉄道が似合うと思うのは私だけでしょうか。
*BRT(Bus Rapid Transit:連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時制の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステム(国土交通省のホームページより)
<参考情報>
・文中で紹介した旅立ちソングとは、陸前高田駅で流れていたのが岡村孝子の「夢をあきらめないで」、大船渡駅で流れていたのが、山口百恵の「いい日旅立ち」でした。