抱き返り渓谷と秘湯夏瀬温泉(1987/6/13訪問)

<カテゴリ:自然、温泉>


  秋田県新幹線も通る秋田県の田沢湖線の北側と南側には、秋田を代表する名峰があります。北側が秋田駒ヶ岳で南側が和賀岳です。いずれも日本100名山には選定されていませんが、それに匹敵する名峰です。特に和賀岳は和賀山塊と呼ばれる巨大な山塊を形成しており、麓からは頂上が見えないほど奥が深い山です。東北随一の秘峰といえるでしょう。

抱き返り渓谷
抱き返り渓谷(1987年撮影)

 さてその和賀岳の懐に抱かれるように、今回ご紹介する抱き返り渓谷があります。抱き返り渓谷は、雄物川支流である玉川中流にあり、全長は約10kmに及びます。滝やトンネル、橋、奇岩など変化に富んだ景観が続き、その姿が似ているところから、東北の耶馬渓とも言われています。

 テレビの旅番組などでも度々取り上げられ、すっかり有名になってしまいましたが、「東北を歩く」としてもこの素晴らしい景観と、最後に温泉を味わうことが出来る抱き返り渓谷を取り上げざるを得ないようです。なおテレビの番組等で「見て」「聞いて」初めて知ったのですが、それまでは「抱き返り渓谷」を「だきかえりけいこく」と読んでいました。「だきがえりけいこく」と読むのが正しいようです。道がかなり狭いため、人とすれ違う際はお互いに抱き合うようにすれ違う必要があるところから名づけられたようです。

 

田沢湖線神代駅
田沢湖線神代駅(1987年撮影)

 最初に何点かお断りする必要があります。

①まずアプローチが非常に長く、歩く手段だけではかなりの時間を要するということです。後程出てきますが、私が出向いた時は、幸運にも帰りは夏瀬温泉の方に駅まで送ってもらいました。これが無ければかなりの距離を歩く必要がありました。

②終点の夏瀬温泉は、私が訪れた時は非常に昔ながらの湯治場の温泉でしたが、その後、大きく生まれ変わったようです。従ってここでの内容はご参考程度までに留めておいて頂ければと思います。

③落石などで通行禁止になる時期もあるようです。抱返り渓谷に行かれる場合は、最新の情報をご確認頂きますようお願いします。

抱返り神社
抱返り神社(1987年撮影)

抱き返り渓谷を歩く

 旅の起点は田沢湖線の神代駅です。抱返り渓谷への入口は、神代駅から徒歩約40分のところにあります。入口付近には抱き返り神社があるので、そこで本日の安全を祈願して、いよいよ散策の始まりです。私が訪れたのは、6月上旬でしたが、幾つかのトンネルや奇石、滝があり、辺り一面の新緑とぎょっとするほどのコバルトブルーの清流があいまって、予想通り素晴らしい時間でした。当日は、誰1人として出会わなかったので、抱返りの名前の由来になった、人とすれ違う際の抱き合うようなシーンは遭遇しませんでした。抱き合うほどではないにしても、かなりの細い道であることは確かでした。ただ後で知ったことですが、結構、危険な道があったようです。

回顧の滝
回顧の滝(1987年撮影)

 幾つかあるトンネルは、ほとんどが曲がっており入口からは出口が見えません。もちろん電気もなく、中は真っ暗なため、若干の恐怖を感じました。

 幾つかある石の中でも特に有名な石が「巫女石」と呼ばれる伝説の石です。かつて薬師参詣に訪れた巫女が、川が増水したため渡れずに困っていたところ、渓谷の明神様の力により渡ることが出来た、その明神様のお力に感謝した巫女が、巨岩になったという伝説の石です。

 また幾つかある滝の中で最も有名な滝が回顧の滝です。訪れる人があまりの美しさに思わず振り返って眺めるところから命名されたようです。その名の通り、名残惜しさのために思わず振り返ってしまうような滝でした。  

 終点近くには、神代ダムと人工湖がありました。写真をご覧いただければおわかり頂けますが、ぎょっとするようなコバルトブルーでした。ちなみにここの神代ダムや北部にある田沢湖などは、昭和初期の行政により、上流の強酸性の玉川水を湖に流し込まれたため、一時期、魚の棲めない湖になってしまいました。地元の方は、この玉川水のことを毒水と呼んでいるそうです。この毒水については、どこかで触れたいと思います。

神代ダム
神代ダム

夏瀬温泉
夏瀬温泉(1987年撮影当時)

秘湯夏瀬温泉

 このような自然美を楽しみながら歩くこと約1時間20分、終点の夏瀬温泉に到着しました。この夏瀬温泉は、周りを緑で囲まれ、硫黄のにおいと昔ながらの湯治場の面影を残した素晴らしい温泉でした。主に湯治客の利用が多いようですが、私が訪れた時は、宿泊客や湯治客もいなかったため、温泉を独り占めすることができました。

 なおこの夏瀬温泉は、今では非常に大きな温泉旅館に生まれ変わったようです。従い、ここでの記述内容はご参考程度にとどめておいて頂きますようお願いします。右のかつての写真が非常に貴重なものとなりました。

 

 さてここからが問題です。冒頭にも書いた通り、最寄りの駅(田沢湖線刺巻駅)まで約2時間歩くか、今、来た道を引き返すか、いずれにしても2時間の歩きが待っていました。温泉を出る時、どちらに向かうか思案していたところ、なんと宿のご主人から角館まで送ろうかという申し入れがありました。実は既にその時点で歩きモードになっていましたが、これも悪くないなと思い、ご厚意に甘えることにしました。私の旅のルールは、事情によっては片道のみは車を使うことも良しとしており、自分で言い聞かせました。角館までの約20分の道のりは、温泉や周辺の観光談義に盛り上がり、終始、楽しいひと時でした。泊まり客でもなく、わずかな入浴料のために、車で角館まで送ってもらうなど、秋田の方の人情に感謝です。そういえば、阿仁マタギクマ牧場を訪問した時も、パトカーに逆ヒッチされるという貴重な体験をしたこともありました。

  圧倒的な自然美とひなびた温泉を味わうことが出来る抱返り渓谷に、是非、訪れてみては如何でしょうか。なお私が訪れた時は6月上旬の新緑の時期でしたが、新緑の名所は紅葉の名所とも言われています。紅葉の季節に訪れるのもいいかもしれません。

 


<関連情報>

①旅程※時刻は訪問当日の時刻表です。もし訪れられる場合は最新の時刻表をご参照頂きますようお願いします。

【1987/6/12】 上野(21:18)=(急行八甲田)=盛岡(5:45)

【1987/6/13】 盛岡(5:55)=(国鉄田沢湖線*)=田沢湖(6:50) 注)国鉄がJRに民営化されたのは、1988年でしたので、当時は国鉄田沢湖線でした。

田沢湖(7:37)=神代(7:53)~(徒歩)~抱き返り渓谷入口(8:30)~抱き返り渓谷~夏瀬温泉(10:30)(11:30)=(車)=角館(11:55)

 

②是非、立ち寄りたい周辺のお勧めスポット(もちろん鉄道とバスと徒歩で)   

田沢湖御座石神社

田沢湖(1989年撮影)

日本で最も深い湖。日本百景色にも選定。写真はたつこ姫が竜になった際に飲んだといわれる伝説の泉がある御座石神社。JR田沢湖駅からバス15分

 

乳頭温泉郷孫六温泉

乳頭温泉郷(1985年撮影)

秋田県乳頭山の山麓に点在する7つの温泉の総称。JR田沢湖駅よりバス50分。写真は孫六温泉で、黒湯とともに少し離れたところにある。 

角館桜並木

角館桜並木(1988年撮影)

角館桧木川の堤防沿い約2kmにわたり、ソメイヨシノの桜のトンネルが広がる。見頃はGW前後。JR角館より徒歩20分

 


③抱き返り渓谷